えりたく夫婦について
雑記

趣味は旅と動画編集。アイラテ、えりたく夫婦の嫁・菅原恵利プロフィール

はじめまして、当ブログ「アイラテ」「えりたく夫婦」の嫁担当・菅原恵利(@erincology)です。

今回の記事では、私のプロフィールから複雑すぎる生い立ちまで、赤裸々に綴っていきます。

これを読み終わる頃には「こいつ意外とイイ奴じゃね?」と、思っていただけたら幸いです。

菅原恵利って何者?何してる人?

webライター&マーケター、菅原恵利。(旧姓:浅見)

1986年11月21日、沖縄生まれ東京育ち。

スタバでMacBook開いてる奴は、だいたい友達。

社会人になっても就職せず、スタイリストとして独立。31歳でブログをはじめ、家を解約して、旅に出る。旅先で、旅人兼ブロガーの人と結婚。

今やってることは、

  • YouTubeチャンネル「えりたく夫婦」
  • webライター
  • 株式会社MOVEDのマーケター
  • このブログ(私は気が向いたら書く程度)
  • 嫁(あんまり家事はしない)
恵利
恵利
「キラキラしてそう」って言われがちですが、20代までの心の中は、色で例えるとグレーな人生を送ってました。

次の章からは「いつも誰かに認められるための脇役から、自分の好きなことをやって主役に昇格した菅原恵利の人生」について、過去を振り返ってみます。 

他人に認められるために生きてた私の生い立ち

わたしの人生は、ジェットコースターみたいです。

「みんなと同じはイヤ」「なるべく一目置かれたい」「普通に生きたくない」という野望を胸に抱き、他人に認められるために頑張ってる人間だったから。

沖縄県は、生まれただけ

私は東京在住のマユミ(母)が沖縄旅行に行った時にできちゃった子供だと、後に親戚のオバさんから聞かされました。

沖縄に移り住んだものの、お父さんは毎日お母さんをボコボコに殴ったり、帰宅するなり家族の食事を撒き散らして、暴れてたのを覚えてます。

私が3歳のとき、お父さんが「ちょっと遠くに行ってくる」という言葉を最後に出掛けて、そのあと二度と戻ることはありませんでした。

それは大人の”離婚”というものだと後に知ったけど、子供ながらに「そりゃ、そうなるよね」の一言に尽きる感想でした。

恵利
恵利
「沖縄の記憶ある?」的なことを聞かれたら「たしか海がキレイだった」とか適当なことしか言えないので、エセ・ウチナンチュとして認定されました。

3歳で「私がお母さんを守る」と決めた

ミュージカルが好きだったお母さんは、離婚して監禁状態から解放されてから、私にたくさんの舞台を観に連れてってくれました。

「えりも将来、あそこに立ってほしいの」と、舞台を指差して言われた私は、小さな胸に使命感が生まれ、それからダンスを習うことになりました。

勉強は苦手、運動も苦手、その上引っ込み思案だった私は、ポンコツすぎて生きづらさを感じてましたが、なぜかダンスの腕前だけはメキメキと上達しました。

「はーい、先生のマネをしてね!」と言われたので、マネをしていただけなんだけど。

恵利
恵利
お母さんを喜ばせるために頑張ろう!って、それだけは必死だった。

小学校|いじめられっ子から大逆転

相変わらずのコミュ力の低さに「あいつはキモイ」というレッテルを貼られ、クラス中からハブられるという、地獄のスクールライフを送っていました。

色に例えるとグレー色の人生だったけど、ダンスの時間だけは世界が彩られていくように、束の間の天国を過ごすことができました。

踊っている間は誰よりも輝いていたような気がして、この特技だけが私の生きる気力を支えていました。

そんな天国と地獄の行き来をしているうちに、ずっと極め続けたダンスが功を奏して、”子役の登竜門”と言われている、ミュージカル「アニー」の出演者オーディションに合格しました。

パタっと手のひらを返したかのように、たくさんの友達が寄ってきて、誰1人として私をバカにする人がいなくなったのです。

私の世界が、夢のように180°変わっていく瞬間でした。

恵利
恵利
嬉しかったけど、周りに認められないと生きていけないんだなぁって、ちょっと複雑だった。

中学校|再び世界はグレー色

「アニー」のあとも舞台に出たり、地方公演に行ったりと、学校を早退・欠席することが多かったです。

ほぼ毎日のように深夜までの厳しい稽古が続き、学校に行くときは「キモちゃん(キモチいいから)」という名前をつけた枕を持参して、基本的に机に顔を伏せて寝ていました。

役柄で髪を染めなきゃいけなかったりして、(校則では染髪禁止)先輩から目をつけられたり、男の子にはモテたり、めまぐるしい人間関係の中にいました。

そんな中「調子に乗ってんじゃねーよ」という理由で、リーダー格の女子からクラスへの呼びかけによって、女子によるイジメが始まりました。(校舎は女子校だった)

机に花瓶を置かれる、ロッカーに「死ね」と書かれる、教科書を破られる、などの定番イジメは一通り経験して、もう学校に行くのが耐えられなくなり、登校拒否になりました。

もちろん学園祭も、卒業式も出なかったです。

恵利
恵利
「出る釘は打たれる」という言葉に、完全に支配されていました。

高校|恋も部活もリア充満開

小中高エスカレーター式だったので、またイジメ女子軍団と一緒に進学するのが、憂鬱で堪りませんでした。

「こうなったら高校デビューで大逆転するしかない!」と、強気に生まれ変わることを決意し、勇気を振り絞って入学式に参加しました。

ますますダンスに打ち込み、本格的にボイストレーニングを始め、学校の部活にも入ろうと思い、軽音楽部に入部して、外部から入学してきた新しい友達とガールズバンドを結成。

とにかく負けずに走り続けていたら、初めての彼氏ができたり、イジメ女子よりも友好的な友達の方がどんどん増えていきました。

最終的に「人生はバラ色だ!」とか言えるようになるくらい、努力しまくって輝いた青春でした。

恵利
恵利
なるほど、「出すぎた釘は打たれない」のね。

浪人|死んだ魚の目になる

高3のとき「音大に行ってほしい。」というお母さんの一言で、音大の声楽科への受験を決意しました。

舞台で主役になれるのは歌が上手い人だし、やっぱり音大卒の人は一際声に磨きがかかってる印象なので、音大を出れば差別化できるはず。

とは思いつつ・・・私はクラシックの知識が全くないし、ピアノも弾けなかったから、とにかく音大受験のための勉強をガムシャラに始めました。

なんとかピアノ、音楽理論、新曲(楽譜を読むテスト)などは合格点!・・・なのに肝心の実技テストで大緊張して、声が出なくなるという大失態。

もちろん不合格、浪人が決定しました。

恵利
恵利
バイトしながらレッスンに通う1年間、周りから”死んだ魚の目のヤツ”と言われながら過ごしました。

音大|補欠入学、トップクラスで卒業

1年越しの受験、またもや実技テストで大ミスして思った通りの結果が残せず・・・なんとか第二志望の大学に補欠(+多少のコネ)でギリギリ滑り込み入学。

・・・したものの、圧倒的の実力のなさに絶望する毎日で、レッスンでは「君には才能がない」と教授からサジを投げられるほどでした。

悔しくて悔しくて、とにかくアホみたいに泣きながら練習しまくりました。

努力は身を結ぶようになって、卒業する頃にはトップクラスしか出演できないコンサートに出れるくらい上手くなりました。

恵利
恵利
私の歌で泣いてくれたり、わざわざ遠方から聴きに来てくれる人がいるなんて。

バックパッカー|休みがあれば、旅に出る

と言いつつも、「みんなと同じは嫌だ」精神が働き、休みの期間があればバックパッカーとして旅に出てました。

海外はインドに1ヵ月、東南アジアに1ヵ月、中東に1ヵ月半などなど、日本でも青春18切符であちこち行ったり、車中泊をくりかえしながら転々としたり。

スキマさえ見つければ、旅に出ていました。

恵利
恵利
教科書の中で見るような景色!これからもいっぱい見ていきたいと思った。

好きなことだけして生きていきたい

歌って、踊って、旅をして。

これからも努力をすれば、世界は広がっていくと思ってた。

就職しないと決めてた私は、社会人になってから「人生そんなに甘くない」ということを思い知らされました。

夢を叶える前に、お母さんが死んじゃった

大学を卒業した翌日、お母さんが脳腫瘍(脳のガン)で植物状態になり、その1年後に亡くなりました。

恵利
恵利
まだお母さんの夢叶えてないのに・・・

シングルマザーに育てられた娘。母の死を知らせるために父親探しの旅をした話シングルマザーの母に女手1つで育てられた、えりんこ(@erincology)です。 私は24歳で母をがんで亡くした時、「自分のルーツが...

住める家もなくなり、何とか借りられたクソぼろアパートで初めての一人暮らしをすることになりました。

とりあえず生活のために、歌を教える仕事に就きました。

気づいたのは、「歌を歌うのは好きだったけど、歌を教えることは全然好きじゃなかった」ということ。

5年、10年先もずっとこの仕事を続けていきたいかって考えると、「このままで終わりたくない」って想いが出てきました。

  • 学生時代はあんなにキラキラしてたのに
  • 私にしかできない仕事がしたい
  • 成長がある環境に身を置きたい
  • ハマって熱中できることをしたい
  • チャレンジする人生にしたい
  • とにかくこのままじゃ勿体無い

そんなことを思って、自分のやりたいことに本気で向き合ってみました。

誰かに認めてもらうために生きるんじゃなく、自分のために。

レッツ玉の輿大作戦

そんな時、お母さんの教えを思い出したんです。

マミー
マミー
私たちが豊かな生活ができるのは、不動産を持っているから。将来の結婚相手は、こういうお金に余裕がある人を選びなさい。そうすれば、好きなことに専念できるからね!

そうだ、玉の輿に乗ろう。

ということで「そうだ京都に行こう」くらいのノリで、私を1人置いて、仕事で地方に飛んでいった彼氏と別れて、社長をターゲットに人脈を広げていきました。

そして、社長彼氏をGET。

恵利
恵利
どうしたらモテるか、ということしか考えてなかった。

彼はいつも美味しいお店に連れてってくれたり、たくさん友達を紹介してくれました。

成功した経営者の友達は成功した経営者ばかりなので、いつでもビジネスの話が飛び交っていました。

たまに振られる話は、ありがたいことに私レベルに合わせた下ネタくらい。

基本的に私は置物として存在し、彼の隣にニコニコして座り、絶妙なタイミングで「すご~い!」的なことを言っておくことによって、自分の存在意義を保っていました。

刺激的な世界だったけど、だんだんと自分の価値について考えさせられるようになりました。

彼は自分の武器であるビジネスを大きくしていくごとに、これからますます人としての価値が上がっていく。

恵利
恵利
ちょ、待てよ。私はこの先どうなっていく?

私の特徴は、若くて可愛い。以上。

これから間違いなく歳を取るのに、”可愛い”だけを武器にして、私に何が残る?

恵利
恵利
ババアになってポイ捨てされたら、何もない人になっちゃう!

“可愛いだけ”を卒業して、年齢とともに価値が上がるような人になりたい。

そう思い、男性に頼って生きていくのではなく、己を極めて生きていこうと決めました。

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SNSで世界が広がる

もともと舞台などで小学生からメイクを習っていたのを生かして、まずはフリーのヘアメイクさんになりました。

それから自分のサロンを持ちたくなったので、パーソナルカラー&骨格診断アナリストの資格を取って、イメージコンサルのサロンをオープンしました。

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恵利
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てか、広告費って高いな!どうにか抑えられないかな・・・

そう思った私は、インスタグラム・アメーバブログで集客を始めたところ、全国からたくさんのお客様が来てくださるようになりました。

「似合う服を教えてください」に加えて「SNSでの集客方法を教えてください」と言われるようになり、個人から企業までコンサルティングも始めました。

恵利
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女性経営者として、TV出演させて頂く機会もありました。

家と仕事を断捨離する

31歳になって、ふと「なんか新しいことしたい」っていう気持ちに駆り立てられました。

発信力を高めたいと思ってWordPressでブログ開設してみたんだけど、自分自身のコンテンツ不足になんだかイケすかなくて。

恵利
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新しいことをするなら、まずは捨てることからだ!

思い立って、とりあえず家を解約することにしました。

(更新費払ったばっかりなのに・・・)

【ミニマリスト家族】部屋や服だけじゃない!断捨離の効果はスゴかったどうも、ミニマリストな嫁・えりんこ(@erincology)です。 私はこの『人生がときめく片づけの魔法』という本を読んで、断捨離のコ...

ブロガー・旅人

家も仕事も身軽になった私がまず最初に向かってみたのは、シンガポールでした。

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シンガポールは、マレーシアから1965年8月に独立したばかりの若い国なのに、著しい発展を遂げていますよね。

東京23区とほぼ同じくらいの面積に、今やたくさんの観光地もあるし、マリーナベイサンズが建設されてから未来都市みたいになっている風景に魅力を感じて。

しばらくシンガポールに滞在したあと、少し日本に一時帰国して、次はすぐに香港に行く予定でした。

香港は単純に「行ったことない」っていうのと、日本の経営者がたくさん集まるという話を聞いて、面白い人脈が広がったらイイな〜という軽いノリで、航空券とホテルも手配。

しかし・・・

日本帰国の初日に出会った、同じブロガー・旅人である彼氏ができてしまい、一緒に車で日本を周ることにしたので、やっぱり香港に行くのはやめました。

恵利
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彼は「一緒に旅がしたい」と言ってくれて、私も「そうしたい」と思ったんです。

航空券はキャンセルが効かなかったので、ポイ。

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出会った日から毎日一緒に旅してますが、5日後に告白されて付き合い、その1ヶ月後にプロポーズされました。

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好きな人と、好きな場所で、好きな仕事を

夫婦揃って、株式会社MOVEDにjoinすることが決まりました。

ライター・マーケターとして、基本リモートワークで働きます。

たまにある出張に合わせて、車中泊で日本を移動する生活をすることになりました。

リモートワークと夫婦採用のススメ!えりたく夫婦が実践する新しい夫婦の生き方・働き方私たち「えりたく夫婦」はリモートワークしながら、車を家にして日本各地を転々とする生活をしてます。 今回の記事では「夫婦×リモートワーク...

アイラテの誕生について

お互い個人でやっていたブログは閉鎖して、2人で一緒につくる当ブログ「アイラテ」を立ち上げることにしました。

恵利
恵利
「アイ」の部分は私が、
拓也
拓也
「ラテ」の部分は僕が付けた、2人で作った造語です。
  • 「アイ」=iPhoneの「i」と同じ。
  • 「ラテ」=2人の想いが溶け合う。

「私たち2人のアイディアを詰め込んだ、このブログを読むことによって、それぞれが自分色にカスタマイズしたライフスタイルをアップデートしてほしい」という願いが込められています。

多くの若者、カップルに向けてブログで発信を続けて、パートナーとのライフスタイルをアップデートすることの楽しさや、勇気を与えられたら嬉しいです。

恵利
恵利
だからこれからも、2人でブログを続けていきます。
DINKSとは?子なし夫婦の条件で結婚した理由!最高に幸せになるメリットDINKS(=共働きの子なし夫婦)という言葉があるのを知っていますか? 結婚・出産・育児という一般的な家庭の型にハマらず、独自のこだわ...

好きなこと・これからの夢など

趣味や好きなこと

  • 旅(国内・海外)
  • YouTubeを観ること
  • 動画編集
  • 英会話
  • ダンス
  • 歌うこと
  • 美味しいもの
  • お酒
  • スタバ
  • たけのこの里
  • いちご大福

  • 上陸する(情熱大陸に出る)
  • アラフィフになっても20代に見えたい
  • またどっかで歌いたい
えりたく夫婦の夢100|金・家無し夫婦の夢が100個も叶うのか?? ある雨の日... 夫婦ふたり、 夢を語り合う... という事で ホームレス夫婦の挑戦!夢!を100個書き...

人生のバイブル本

  • 人生がときめく片付けの魔法
  • 嫌われる勇気

好きな本はたくさんありますが、気持ちも荷物もミニマリストになって人生が変わったのは、紛れもなくこの2冊のおかげです。

【書籍紹介】20代で起業したい女性におすすめ!成功する前に読みたい本5選新しい発想のビジネスを展開する女性起業家や、好きなことや趣味・特技などをそのまま仕事にして自宅で開業する女性。 大なり小なり規模はさま...

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